東京高等裁判所 昭和42年(う)1810号 判決
被告人 石塚清一
〔抄 録〕
(4)、同35の窃盗について。
原判決は、被告人の「罪となるべき事実」第一の犯罪一覧表(一)の35の所為として、被告人は、岩田茂夫と共謀のうえ、昭和四一年一〇月九日ころ、東京都世田谷区砧町三一一早川静夫方において、同人ほか二名の所有または管理にかかる現金三、六〇〇円、ほか一二点(時価合計一五万円相当)を窃取したものであるとして、これに対し刑法第二三五条、第六〇条を適用、処断していることが明らかである。
そこで、右事実を認定した原判決挙示の証拠を検討すると、その一つである被告人の原審公判延における供述としては、原審の第二回公判期日において、追起訴にかかる右窃盗を含む同種事案の窃盗一八個の公訴事実に対する認否として、被告人は、「事実は、全部そのとおり間違いありません。」と供述し、その第三回公判期日において、「今度やつたことは間違いなく、詳しいことは、警察や検察庁で述べたとおりです。」という趣旨の供述をしていることが認められる。そして、原判決がそのほかの証拠として挙示した被告人の司法警察員に対する昭和四二年五月一〇日付供述調書、岩田茂夫の司法警察員に対する同年四月二九日付供述調書(3)謄本、早川静夫作成の被害届謄本、早川久江作成の追加被害届謄本を総合すると、被告人は、岩田茂夫と共謀のうえ、窃盗を行なうべく、昭和四一年一〇月九日ころの夕方、前記砧町付近の住家などを捜し歩き、他の住家に入り物色中、家人が帰つて来た気配にそこを逃げ出し、さらに他を捜し歩いて一物もえずに帰途についたことなどから、被告人は、その日に窃盗を行なうのがいやになり、「帰ろう。」と岩田を誘つたが、逆に同人から被害者早川静夫方の窃盗に同行を求められ、これを断つたところ、当時指にけがをしていた岩田に「おれ一人でやるから、窓のさんだけはずして行つてくれ。」と頼まれ、やむなく、同日午後九時ころ、右早川方車庫の窓ガラス付近にあつたさん一本を取り除いてその場から帰つてしまつたこと、そこで、岩田は、単独で、右の窓から早川静夫方の屋内に入り、同人ほか二名の各所有にかかる現金三、六〇〇円、ほか一二点(時価合計一五万円相当)を窃取したが、被告人に対し分け前を与えなかつたことが認められ、原審記録を調査しても、他に、被告人が、岩田と共謀して右窃盗行為を分担実行したことを肯認するにたりる証拠はなく、当審における事実の取調の結果、ことに、証人岩田茂夫および被告人の当公判廷における各供述は、右認定をさらに詳細かつ具体的に補強するものであつて、被告人の原審公判廷における前記窃盗の事実を是認するかのごとき供述部分は、右の諸事実に照らし、直ちにとつてもつて右窃盗の断罪の資料とはしがたい。そうすると、被告人は、岩田が右窃盗行為を実行するにあたり、その犯行を容易にさせるため、それに接着先行する窓のさんを取りはずす行為をしてやつたにとどまり、それ以上に右窃盗行為に加功しているものとは認められないから、その刑責は、窃盗の従犯に過ぎないものと解すべきである。しかるに、被告人のかかる行為を窃盗の共謀共同正犯と認定した原判決は、事実を誤認したものであつて、その誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点において論旨は、理由がある。
そこで、被告人ならびに弁護人のその余の論旨について判断するまでもなく、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条により、原判決を破棄することとし、同法第四〇〇条但書に従い、当審において直ちに自判することとする。
(罪となるべき事実)
第一、被告人の本件各窃盗の所為は、原判決の判示第一の犯罪一覧表(一)の35を除き、同判示第一、二のとおりであるから、これを引用する。
第二、被告人は、岩田茂夫が屋内窃盗を行なうことの情を知りながら、同人が、昭和四一年一〇月九日ころ、東京都世田谷区砧町三一一番地早川静夫方において、同人ほか二名の各所有にかかる現金三、六〇〇円、ほか一二点(時価合計一五万円相当)を窃取するに先立ち、右早川方車庫内の窓ガラス付近のさんを取りはずして、その窃盗を容易にし、もつて、岩田の右窃盗を幇助したものである。
(吉田作 堀 金子)